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フェミニストで作家『ラブピースクラブ』の代表・北原みのりさんにインタビュー【第3回】

第1回、第2回のインタビューはこちらです「フェミニストで作家、『ラブピースクラブ』代表・北原みのりさんにインタビュー【第1回】【第2回】」

──これから、日本の女性を取り囲む環境がどのように変化していくことを望まれますか?

望むのはもちろん、いい方に進んでいくことというか、悔しい思いをする人がいなくなればいいなと思います。でも今の社会ってすごくキリキリしていますよね。この間電車に乗っていたら2つくらい離れたドアの先ですごく叫んでいるおじいさんがいて、それに対して女性が「でも暴力ですよね」って言っているのが聞こえて。気になって近付いて行ったら優先席に座っているおじいさんに対して20代後半くらいの女性がすごく怒っていて、暴力を振るわれたということを訴えている雰囲気だったんです。男性は服がヨレヨレでマスクをしていて、しかもマスクも毛羽立っていてそのマスクを変える余裕もないことが一目で分かる方でした。
その女性に「どうしたんですか」って聞いたら「殴られたから次の駅で駅員さんを呼んでください」って言われて、とりあえず「わかりました」って答えて、おじいさんに「なんで殴ったの?」って聞いたんです。そしたら「殴ってねぇよ」「殴るんだったらもっとちゃんと殴るよ」って言うんです。「空いてるのにそんなとこに立つほうが悪いだろう!」って叫び出して。「でも触ったんだよね。小突いたんでしょ?」って聞いたら女性のほうが悪いんだってことをずっと騒ぎ続けてて。
それでやっぱり女性に謝らせなきゃいけないと思ったから、電車を降りてすぐ駅員さんを呼んできたんです。でも駅員さんを呼んでくると電車って止まるんですよね。昼間のそんなに忙しくない時間だったんですが、自分のせいで電車が止まることに多分男性は居心地が悪くなって、電車を止めるわけにはいかないって言ってホームに降りてきたんです。そこで男性が立ち上がった瞬間、白い杖が落ちたんです。折りたたんでいたから気付かなかったけど、その男性は弱視だったんですね。

私、ちょっと動揺して「おじさん見えないの?」って聞いたら「俺みたいな人間がそんなところにに立たれると危なくて何人も死んでるんだ!」って言うんですよね。ああ、そうか、と思って「おじさん、怖かったんだね」って言ったら、彼は「そう、怖かったんだ」って言いながら泣いちゃって。その時、何故か駅員はどこかに行ってしまって私とおじさんと女性3人の話し合いになってしまった。私何やってるんだろうって思いながら、「でもさあ、私たち女は殴られたり怒鳴られたりするのすっごい怖いんだよね。おじさんみたいな人にやられること多いから」って言ったら、「そうだよな…」とか言っちゃって。

──思わぬ展開…

「じゃあおじさんが分かったなら私急いでるから行くわ」って言って、ちょうど降りる駅だったので立ち去ったんですが、色々考えさせられました。男性が感じている恐怖も分かる、私が共感を示したら泣く男性の気持ちも分かる。
でもやはりその男性はきっと、前にいるのがふんわりした白い雰囲気で、殴るのが女性ということは分かっていたと思うし、他に男性もいたのにその女性にだけ向かっていくというのはおかしいんですよ。暴力と差別が複雑に入り組んでしまっている。そして電車の中の多くの人は男性が怒鳴ることに慣れてしまっているのか、一瞬顔を上げただけですぐに携帯に顔を戻す。それって社会にもううっすらと暴力が根付いてしまっているということだから、異常だなと思います。

あとはネットを見ていたら見たくもない男性向けポルノのポップが出てきてしまうとか、コンビニでエロ本の前を通らないとATMに行けないとか、そういうふうな社会に生きていて、環境的にはけっこう追い詰められているなと思いますね。ネットの中でも、電車の中でも、職場でも追い詰められている。そこから何を変えていけばいいのか、どうすればいいのかというのは分からないです。でも、例えば韓国や台湾のフェミニズムって盛り上がっている印象を受けるんですよね。特に#Me too運動は韓国で大きく広がっている。

それで「なんでかな」と思って、この間それを韓国の友達と話している時に言ったら「やっぱり『慰安婦』問題が大きいんじゃないかな」と言っていて。日本で「慰安婦」問題と一言でも言うとすごく政治的な問題、という感じで場の空気がピリッとしてしまうような雰囲気ってありますよね。でも例えば韓国で「慰安婦」の人たちって今若い世代からどう思われているかというと、オリンピックのセレモニーに呼ばれたりとか、1年の最後、12月31日の除夜の日に除夜の鐘をつくというソウル市で行われる国家的な行事があるんですが、その除夜の鐘をつく人になったりと、必ず公的な場所に招かれる威厳のあるおばあちゃん、なんですよね。尊敬すべき人権活動家として社会が彼女たちを見ているんです。

だけど彼女たちが声を上げたときって韓国内でも「売春をしていた恥ずかしい人たちが今更何を言っているんだ」という声が主流だったんです。そういう中でも悔しくて、許せなくて声を上げてくださった方たちがやっぱり社会を変えていったんですよね。今では子供達や学生の間でも彼女たちは格好良いおばあさん、という認識になっているんです。だから彼女たちの印象が「可哀想なおばあさん」から「格好良いおばあさん」というふうに変わっていったのが「慰安婦」問題が表に出た1991年から今年の2018年の約30年間で、そのことを考えると胸がつまりますよね。

私は日本は90年代まではまだよかったと思うんです。「慰安婦」問題に対しても、社会も政治ももう少し真摯に取り組もうとしていた。だけど00年代から自由主義的なところに自己責任論もセットでついてくるようになる、という時代の空気の中で、人権意識、特に女性に対する眼差しが暴力的になったなという実感があります。だからどこから直していけばいいのか分からないんですが、やっぱり歴史を知る、隣の国に学ぶ、そういうことって文化としてもすごく大切なことだなと思います。

──この間ソウルに行った時に女性ファッション誌でも大々的に#Me too運動が取り上げられていたり、電車には性暴力の被害者が専門家に無料で相談できることを紹介する法務省主導の#Me tooの広告が出ていたりしてびっくりしたので、韓国のフェミニズムがすごく盛り上がっているというのはすごく共感します。

盛り上がりがすごいですよね。韓国のフェミニストたちはみんな#Me tooの元祖は「慰安婦」の女性たちだと言っているし、私もそう思っています。それにそれが遠い昔のことではなく、彼女たちと私たち、女性としてのつながりを感じるのがフェミニズムの第一歩ですよね。

例えば、「慰安婦」の女性たちがなぜ「慰安婦」にさせられたかといえば、ただただ彼女たちが悲劇的に騙されたというだけではない現実も見えてきます。あの当時の韓国、超保守的な家父長制の中で「親に決められた結婚は嫌だ!そんな知らない男のところに嫁ぎたくない!」と思って家出をした女の子たちの多くが業者に騙されたりなどして「慰安婦」にさせられています。
「自分1人で生きていきたい」とか「ここに留まらないで新しい世界が見たい」とか今で言うと利かん気というか、ちゃんと反抗心のある、自分で自分の人生を変えていきたい女の子たちがたくさんいたんです。でもそういう女の子たちが甘言に騙されてしまう。「1人で食べていけるいい仕事があるよ」とか「ここに行ったらお腹いっぱい食べられるよ」とかそういうことを言われて。それでついて行ってああいう目に遭って、でもその中でさらに生き残って帰って来られた、そんな強い運命を背負った女性たちが声を上げて闘ってくださったんだと思います。

──たしかにそうですよね。

だから彼女たちは自分のために声を上げているだけでなく、死んでいった仲間たちのためにも、自分のように生きて帰れて、しかも声を上げられなかった仲間たちのために声を上げているんです。そのことにすごく気付かされたのが、元「慰安婦」のおばあさんが「私と一緒にいた10人の女の子たちはどこにいったんだろうね」と話していたときでした。そういうふうに、1人の元慰安婦のおばあさんの背景には仲間がいるんです。彼女たちはもう声を上げることのできない人たちの声を代弁しているんだと思うと、これは本当に女性の人権問題で、それをちゃんと考えていかないと日本は人権に対してすごく後進国になると思います。もうすでにそうなってきているという実感がありますが…。

韓国のフェミニズムはアカデミックの現場もすごくレベルが高いです。この間学会に行った時は女性暴力、デジタル性暴力についての討論をしていたんですが、若い学者、研究者がネットで行われている性暴力をすごく具体的に理論化していました。
風俗に男性たちが連れ添って行く文化ってあるじゃないですか。昔と違って今の時代は若い男性たちが全員で風俗に行くとかそういうことは頻繁にあるわけではないと思うんですが。韓国でも同じように男性文化の中でそういうことは減ってきているんです。けれども今度、女性に対する支配というのは情報の支配になってきていると言うんですね。「女性をネットの中でいかに暴力的に消費するかによって、男性たちの結束が改めて強まっているから、これは昔の性差別構造と全く変わらない状況がネットの中で起きているだけだ」ということを話していて、すごく納得しましたね。

そういうようなことがきちんと抽象的でアカデミックな言葉で語られている。彼女たちが最も頭を抱えているのは韓国国内の問題ではあるんですが、国境のないネット情報の問題もあって、それがほとんど日本からの輸出なんです。盗撮とか、未成年の少女に対する欲望を表したものとかそういうものですね。ひとつ実際に起こった事例で興味深かったのが、盗撮をしている映像がネット上にあって、向こうにはそういったものを取り締まる機関があるので、そこにこれは犯罪だから取り下げるべきだと告発した人がいたんです。でもそれを調べたら日本のAVだったんです。結果的にこれは合法的なものだから取り締まれませんというふうになってしまって。日本で作られたものが加害を撒き散らしているんだなと思いました。

──私もアメリカに留学していたときにアジア圏出身の友達たちから日本といえばAVだよね、みたいなことを言われて何とも言えない気持ちになりました。

そうですよね。日本はAVの消費数も供給数もすごいから本当にAVの国のようになってきていますよね。私が『ラブピースクラブ』を始めたのは女性が性の主体性を安全に楽しめるようにと思ってのことだったのですが、最近はもうその言葉すら暴力的な空気に絡め取られているような気がします。都合よく力を持ったものに回収されてしまうというか、それこそ『日本のフェミニズム』で笙野さんがおっしゃっていた「フェミニズムの捕獲」のように、私たちが「女性の性の主体性」と言っていたことが女性の性を売って商売をしたい人たちに都合よく盗まれて、「女性も主体的にAVに出るし、自主的に自分の性を切り売りできることこそ、フェミニズムの性の自己決定じゃないですか」みたいにして、フェミニズムが盗まれていく感じがすごくあるんです。「女性の性の自己決定」というけれど、これだけの性差別的な社会構造、日常的に流れてくる「女性の性、体は売り物になる」という情報、自然とそれを刷り込まれている半分洗脳状態のような状況で「女性の性の自己決定」という言葉を使って全てのことを女性の「自主的な」選択だと決めてしまうのはすごく危ういことだと思うんです。

だから私たちの目指してきた「女性の性の自己決定」はそうじゃない、そんなところを目指してなかった、というのがあって、それを引き戻すためには『日本のフェミニズム』を作ることが必要だったし、私自身そもそも「女性の性の自己決定」というのは何を目指していたのか、性の解放というのはどういうことなのかというのを考え直すことが必要でした。

──たしかにフェミニストたちが「女性の性の自己決定」と言っていたのを女性の体を使って商売をしたい、力を持った男性たちに回収されていく、ということになってしまうのは悔しいですね。

たとえば性産業に関しても同じことだと思うんですが、これだけ男性が女性の性を供給、消費をしていて、簡単に言うと男性が売り手で、男性が客で、女性の性が商品としてある状況じゃないですか。そこが私はやっぱり性差別的だと思うし、でもそう言うと「じゃあそこで働く人を否定するのか!これは彼女たちの自己決定だ!」と言われるんですが、そうなると議論が深まらないんですよね。自己決定なのか、強制なのか、とかそういう二項対立での議論を超えたところでないと、女性の人権問題が常に置き去りになってしまって性差別問題に届かないんです。性の自己決定や労働の権利をうたう方がリベラルで新しく捉えられてしまうのも90年代から続く厄介な問題ですね。
フェミニズムが大切にしていた「性の解放」とか「性の自己決定」の上澄みを取られてしまったこと、そういうことが全部つながって見えるので、それを丁寧に考えるような過程がないと日本のフェミニズムって笙野さんがおっしゃっていたように簡単に「捕獲」されてしまうんだと思います。

──すごく難しいですね。

でも「フェミニズムって何?」って聞かれたときに、別にこれという正しいフェミニズムがひとつあるわけではないのですが、フェミニズムじゃないものはあると思っていて。フェミな顔をしているけど、それはフェミじゃないだろう、というものですね。たとえば女性が女性器を表現したからこれはフェミニズムだ、みたいなもの。女性が書いたから、作ったからこれはフェミニズムだ、というのはすごく安易だと思います。やっぱりフェミニズムは、シスターフッドですよね。そしてそれは男に無用に媚びず、女を裏切らないんです。

──今日はためになるお話をたくさんありがとうございました。

日本のフェミニズム -性の戦い編-

インタビュー・文 菅野つかさ
Contact:scarlet@scarletandjune.com