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アンバーへ

アンバーのことを初めて見たのは、たしか私が高校2年生の時でした。その頃私はすでにどっぷり東方神起と少女時代のファンで、今度同じ事務所のSM Entertaiment(以下SME)からデビューするガールズグループf(x)には少女時代のメンバー、ジェシカの妹がいるということ、多国籍グループであるということ、f(x)についてはそれくらいのことしか知らないまま、デビュー曲『LA ChA TA』のMVを観たのを覚えています。

その時に初めてアンバーを見た私の率直な感想は「この人は何者?男か女どっちなの?」でした。その時のアンバーは「女の子」の装いをした他の4人とは違って、顔がはっきり見えないようなアシメントリーな髪型に、マジシャンのような衣装を着て英語でラップをしていて、その姿がミステリアスでハンサムで、とにかく印象に残りました。私はそれまで女の子に対して可愛い!と憧れることはあっても、女子に「惚れる」ような感覚を感じたのはそれが初めてでした。

そのあと彼女が台湾系アメリカ人であること、私と同い年であることを知りました。当時SMEからデビューしているのは全て年上の人たちばかりで、同い年の人がデビューをするのを見たのはアンバーが初めてだったので、すごいなぁと思いつつ、親近感を抱いたのを覚えています。
それからアンバーのことを知っていくうちに、最初に感じたミステリアスな印象とは全く違って、気取らず、いつも人に対してオープンで、すごく優しい人だなという印象を持つようになりました。

f(x)がバラエティ番組に出た際、メンバーのソルリが男性の観客に「ソルリは腕や太ももを痩せるべきだと思う」と言われたことがありました。それを聞いた時のアンバーは表情には出さないようにしているようでしたが、すごく怒っていて、それを抑えているように見えました。そして男性に言いました。「それはあなたの意見でしょう。意見を持つことはいいけれど、それで人を傷付けてはだめですよ」
その時会場の女性たちからは拍手が沸き起こって、ソルリもどこかほっとした様子に見えました。そういうふうに、無意識にでも人を傷付ける人に対しては問題を先送りしたり流したりせず、いつも真剣に向き合って、自分の意見をはっきりと伝える。そして大切に思っているメンバーだけに限らず、心無い言葉に傷付けられた人に対しては「そのままでいいんだよ」と優しい言葉をかける。アンバーにはいつもそういう人だという印象を抱いていました。

アンバーのデビューから7年が経ち、私もそのぶん大人になり、私はショービジネスにおける女性の多様性があまり歓迎されていないことに気がつき始めました。あくまで女性は「見られるもの」「華」であるという考え方から、男性から「モテる」価値観から外れた女性は歓迎されず、その多くは嘲りの対象として扱われることがほとんどだということです。けれどアンバーはその「モテ」の価値観から離れたところにいるにもかかわらず、嘲りの対象になることもなく、常に当たり前の存在としてグループに、ショービジネスの世界に存在していました。

そして私はf(x)の活躍を見て、改めてここにアンバーがいるということはなんて素晴らしいことなんだろうと考えるようになりました。そういった女性を特にアジアで見ることができるのは本当に稀有なことだと感じたからです。
f(x)のアートディレクションを行っているミン・ヒジンさんが得意とするような「ガーリー」な世界観の中に短髪に短パンを履いたアンバーが入っていることで、「ガーリー」の定義が大きく広がる瞬間を目撃したような気分になっていたし、アンバーのような「ボーイッシュ」な女の子が「ガールズグループ」にいることが、女の子の多様性を賞賛しているように思えて、そういうものを影響力の大きいメインストリーム市場で発信してくれることはすごく嬉しいことだなと思っていました。それと同時に「モテ」を基準にしたコンセプトのガールズグループが大多数のなかで、「トムボーイ」を自称するアンバーはやはり理解されないことも実際多くあったのだと思います。

そんな中、アンバーは2014年に『Beautiful』という曲を出しました。これはアンバーが作詞作曲編曲、MVのプロデュースまで行ったものです。

これを聴いた時、この曲はアンバーが普段から感じている窮屈さを表現した曲だという印象を受けました。でもそれに負けず、最後にI’m happy to be myselfと繰り返すことで、「自分らしく」いることの美しさを賞賛する曲だと思ったのです。

そしてMVの曲の最後には英語で”You are beautiful no matter how different you are”(人とどれだけ違ってもあなたは美しい)という言葉が出てきます。

アンバーはいつもファンに対して、”be yourself”(自分らしくいるんだよ)と言っていました。「自分らしく」という言葉は頻繁に聞く言葉でもありますが、それは既存の「女性らしさ」というジェンダーロールから外れたマイノリティであるアンバーが身をもって闘い続けているテーマだと思います。この言葉は誰よりも先頭に立って「自分らしく」いるために闘っているアンバーの言う言葉だからこそ、わたしたちに深く響いてくるのです。

そしてアンバーは2016年にさらにパーソナルな曲”Borders”をリリースしました。これも作詞作曲、MVの監督も全てアンバーにより行われました。そしてこの曲をリリースする前にアンバーからメッセージが出されました。

『この曲がリリースされる前にいくつかシェアしておきたいことがあります。この曲を書くのにはかなりの勇気が必要でした。なぜかというと私はこのことを話題にするのをいつも恐れていたからです。私はこの仕事を長年やっているけれど、今はf(x)のアンバーでも、「有名人」アンバーとして話をするわけでもありません。ただのアンバーとして。単純で、シンプルなただ一人の人間のアンバーとしてです。”Borders”はただの曲ではありません。華やかなコンセプトもないし『クールに見せようとしてる』ものでもありません。これはありのままの、現実についてのリアルなストーリーです。この作品が共有するのは私の個人的な体験だけではなく、私のとても親しい人達のものもあります。このプロジェクトに関わってくれたみんな、プロデューサー達、私のチームDPR、俳優達、そして特に私のことを決して見放さず私のビジョンを信じてくれたスタッフ達。このプロジェクトを実現可能にしてくれたことに本当に感謝しています。
そしてみんなが”Borders”を聞く時ひとつだけ信じて欲しいことがあります。自分のことを決して諦めないで下さい。このつらい世界で暗闇の真っ只中にいても希望はいつでもあります。
そのチャンスを受けられなかった人たちのために生きて、戦い続けて下さい。みんないつもありがとう。みんながいたから実現できました。』

私はこの曲を初めて聴いたとき涙が出ました。この曲はSM Stationという比較的カジュアルに曲を発表する企画の一環でリリースされたもので、f(x)の曲のリリース時のように予算や宣伝費がかけられたものではありませんでしたが、アンバーの言葉から彼女がこの曲に賭けていること、緊張していることが伝わってきていたからです。彼女は多忙の中、約3年かけてこの曲を完成させ、その歌詞にはこれまで自分が人と違うことで傷つけられてきたことが告白されていました。私はアンバーが「自分らしくいる」こと、そのメッセージを体現して発信し続けることで、彼女がわたしたちの知らないところで想像を超えるたくさんの憎悪を受け、苦しんでいたことを知りました。

そして”Borders”は歌詞が少し詩的な”Beautiful”よりさらに強くはっきりと、闘いの宣言をしている曲でした。それは確かなアンバーの意思表明であり、彼女の全力でストレートなスピーチでした。

私がこの曲のパフォーマンスで一番印象的だったのはアンバーの地元であるLAでKconが行われた際にこの曲を披露した時でした。その時のアンバーは歌詞を一語一語噛みしめるように歌っていて、すごくエモーショナルでその姿はどこか苦しそうでした。それを見た時に私はアンバーは普段平気そうに明るく振る舞っているけれど、彼女がこれまで幾度ひどい言葉に晒され、傷付いてきたのか、想像せずにはいられませんでした。

それでも、f(x)という「ガールズグループ」にアンバーをメンバーとして選び、アンバーに「モテ」を意識した言動や服装を無理矢理させず、こうした個人のDIYな活動を業界最大手の事務所が若いアーティストにさせているということはとてもすごいことだと思っていて、心から感心していました。
その影響力は計り知れません。その絶大な影響力のおかげでわたしも彼女のことを知り、外国の遠い地方にいても活動を追うことができたのです。

そんな中、アンバーが数日前、インスタグラムにこんな投稿を残しました。

『私は今まで全てを捧げてきた。うまくいくように努力した。クリエイティブなことであれビジネスであれ、自分を維持するために何年も私は全部自分でやってきた。でも最後には常に無視され、傷つけられ、利用された。私は耐えた。ファンは待ち続けたし、私はもうこれ以上ただ座って待って、常に拒絶され、偽の希望をあたえられることには耐えられない。私は精神的にも身体的にも力を尽くしたし、ここが線の引きどころだ。もうこれ以上はできない。』

私は5人だった東方神起や少女時代のファンで、SMEや韓国の芸能界に限らず、大手の事務所に所属するアーティストは大きな力を前にしては非常に非力であるということ、そしてこういうことが起きうることは充分に分かっていたはずなのですが、この時また重い現実を突きつけられた気持ちがしました。

私は、アンバーが何年にもわたって私たちに「そのままでいいんだよ」「人と違っていいんだよ」と、自身も前線で闘いながらそういう大切なメッセージを発信してくれたことに心から感謝します。アンバーみたいな勇気のある女性が、たくさんのヘイトを受けながらも、今や世界中に大きな影響力を持つ市場で最大手のSMEに所属して、メインストリーム中のメインストリームみたいなところで活動してくれているからこそ、私は地方都市の文化も何もない死んだような場所にいても、アンバーのメッセージを受け取ることができたのです。女性の「多様性」を自ら体現しつつ、私たちには優しく「自分らしく」いることの背中を押してくれる。そんな女の子は私にとってアンバーだけでした。

アンバーは、こんなメインストリーム中のメインストリームみたいなところで活動しなければ、きっとこんなに傷付くことも、苦労することもなかったはずです。もっと閉鎖的な限られた人たちだけで芸術を楽しむような狭いコミュニティで活動していれば、こんなに苦しむこともなかったのだと思います。

それにアンバーはアメリカ人だし、本格的にアメリカで活動するとなると今度は人種差別という壁がのしかかってきますが、女性の権利に対する意識が比較的高く、議論も進んでいるアメリカで活動をすれば、アンバーが東アジアで受け取っている「女のくせに」というミソジニーに由来するヘイトを受ける数は減るのではないかと推測します。

でもアンバーは言語を一から取得しなければいけない東アジアで、アンバーのようなロールモデルが少ない場所で、一番といっていいほど「世間」や「大衆」に直接接する場所を選びました。もしかしたらアンバーにはここでこのメッセージを伝えたい、という使命感があったのかもしれません。

アンバーはいつも「自分も観客としてこれまでたくさんのアーティストに力をもらって救われてきたから、今度は自分が私の観客にそれを返す番だ」と言っています。

今まで私はアンバーにたくさんのものをもらってきました。簡単なようで一番難しい、飾らずに自分らしくいる勇気。自分のストーリーを正直に語り、何に対しても茶化したりせず真剣に考え、馬鹿にされるかもしれなくても使命感を持って伝えたいことを発信する勇気。こういうことの大切さを教えてくれたのはいつもアンバーでした。

アンバーはずっと1人で戦っていました。アンバーを支えてくれる素敵な家族や仲間はたくさんいると思いますが、人とは違う「自分らしさ」をさらけ出し、罵倒を浴びる覚悟をして表舞台に立つのはアンバー1人です。

私はそんなアンバーをものすごくおこがましくも、同世代の戦友のように思っていました。このクソみたいな社会に不満を持って、女性として言いたい事を発信する。
アンバーはアメリカ、オーランドのゲイクラブでヘイトクライムが起きた際には声明を発表していました。事件の数日後にはアンバーの友達が制作したレズビアンカップルが主役のショートフィルムをツイッターで紹介しました。その作品はオーランドでのヘイトクライムの犠牲者に捧げられたもので、タイトルは”Borders” でした。そして劇中ではBordersが使われました。

そしてトランプが大統領に当選した際もやんわりと反対の意思を表明していました。先日アメリカで行われた女性の権利を主張するウィメンズ・マーチにはアンバーのお姉ちゃんが参加していて、彼女がインスタグラムに投稿した写真には”women rights are human rights”と書かれたスローガンが写っていました。そしてアンバーはその写真をいいねしていました。

推測ですが、アンバーは大きい会社に属してるゆえにいろんな事をはっきりと言えない部分もあって、本当はもっと直接的に言いたいこともたくさんあるではないかと思います。そして世の中の状況は目まぐるしく動いているのに、活動さえさせてもらえないというのは本当にもどかしいのだと思います。でもねアンバー、直接言葉に出さなくても、私たちはアンバーの言いたいことわかってるよ。伝わってるよ。

アンバーが今まで私たちにメッセージを発信して、助けてくれたぶん、私に少しでもアンバーを助けられる力があればいいのに。そう思わずにはいられません。でも実際こうして彼女が苦しんでいる時に、何の力も持っていない私ができることは何もありません。私はアンバーに何度も救われてきたけど、何も返せていません。でもわたしは伝えたいから書きます。アンバーが今まで成し遂げてきてくれたことはあなたが思っているよりずっと大きいはずだよ、と。 どれだけ多くの人たちがあなたに救われてるか、分かってるかな。
みんなそんなアンバーのことが大好きだよ。アンバーがこの先どんな道を進もうとも、わたしはアンバーのことを応援したい。そしてアンバーが教えてくれたように、私も自分の戦い方で闘い続けたい。